※この記事は個人の体験談です。医療的判断は必ず担当医にご相談ください。
こんにちは、風香りんです。
慣らし保育が始まる前、私の中には2つの気持ちがせめぎ合っていました。一つは、仕事さながらに計画的にこなしていきたいという気持ち。もう一つは、赤ちゃんとずっと一緒にいられる最後の時間を、少しでも大切にしたいという気持ちです。今回は、その揺れ動きも込みで、実際の3週間の記録をお伝えします。
フェーズ1:2時間を2回
最初は、近所の支援施設に少し預けて、その間にちょっとした用事を済ませる程度のノリでした。帰宅して家事を片付け、コーヒー休憩をしたらもうお迎えの時間です。預ける瞬間はとにかく泣かれました。おばあちゃん以外に預けたことがなかったので、当然といえば当然です。
離乳食はこの時期、帰宅後にあげる形にしていました。おかげで、実感としてはまだ「預けた」という感覚はあまりありませんでした。午後は、体力を削るために地域の子育て支援施設へ出かけていました。

フェーズ2:給食まで(3時間)を3回
久しぶりに一人でゆっくり昼食を摂れるようになり、地味にるんるんでした。相変わらず送りの時は泣かれましたが、午後はやはり支援施設へ出かける生活が続きました。
この時期から始まった連絡帳が、地味に楽しみになりました。思ったより早く帰ってきて、また遊ばせなければいけないので体力的には疲れるのですが、連絡帳で自分の知らない時間の我が子の様子を知れるのは新鮮で、毎回楽しみにしていました。
フェーズ3:昼寝まで(5時間半)を3回
昼寝をさせたうえで14時半にお迎え、というスケジュールだったのですが、これだと夜まで体力がもちません。眠くないタイミングでもう一度昼寝させる必要が出てきて、なかなか大変でした。その代わり、まとまった時間がとれるので、通常の家事に加えて、荒れ果てていた家の整理まで進むようになりました。
このあたりから、15時で閉館してしまう支援施設には行けなくなる、という新しい制約も出てきました。
フェーズ4:おやつまで(7時間)を2回
一人の時間がぐっと長くなったのですが、逆にそれが寂しく感じられるようになってきました。
お迎え後は、夫の終業まで2〜3時間ほど中途半端に時間が余るようになりました。ただ、支援施設はほぼ17時には閉館してしまうので、行き場所がありません。とはいえこの時間帯に子どもは寝てくれず、夫の帰宅を待って夕食とお風呂を済ませる頃には、疲れと眠さでギャン泣きになる、という日々でした。
寂しさと夕方のどうしようもない2~3時間のことを考えると、ここが精神的には一番つらかったかなという印象です。
最終フェーズ:オーダーメイド調整
ここからは、朝の登園時間を1時間早め、お迎え時間を1時間ずつ延ばしていく形で、復職日に向けて個別に調整していきました。保育士さんとお話ししながら、我が子のペースで進められたと感じています。
トータル3週間、復職は最終週の月曜から
フェーズ1〜4までで2週間、最終のオーダーメイド調整に1週間、合計3週間かけて復職日を迎えました。この期間はすべて育休期間内で完結させています。
本当は社会保険料等の関係で月後半の復職は避けたかったのですが、自治体の決まりで、保育園に入ったその月のうちに復職しないといけないことになっているため、最終週の頭から復職としました。
(日本年金機構より引用)
育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間の、毎月の報酬にかかる保険料が免除されます
https://www.nenkin.go.jp/shinsei/kounen/tekiyo/menjo/20140403-01.html

一番心が揺れた瞬間
計画通りに淡々と進めていたつもりでしたが、初日、ギャン泣きする我が子を先生に無理やり渡して、そのまま園を後にした瞬間だけは違いました。先生の前で、私自身も大人げなく泣いてしまいました。今でも思い出すと涙が出ます。
久しぶりにできた一人の時間、やりたいことはたくさんあったはずなのに、結局ほとんど何も手につかないまま、子どものことばかり考えていたら、あっという間にお迎えの時間になっていました。
まとめ
慣らし保育の3週間は、フェーズを追うごとに親子ともに少しずつ生活のリズムを作っていく期間でした。バリバリ計画的にこなしたい気持ちと、一緒にいる時間を惜しむ気持ち、その両方があって当然だと思います。今まさに慣らし保育を控えている方の、心構えの参考になれば嬉しいです。

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